彼にとっては初めての職探し。
職探しというか就職活動というのか、言葉で響きやイメージが大きく変わるのがとても不思議だ。
国や地域によって働き方は大きく違ってくるのかもしれない。
それとも、どこに居ようとも自分のやり方を貫くことができるのだろうか。
その頃の彼には何も知る術すらなかった。
これから社会に出て行くことすらうまくイメージできないでいたが、社会に出て行く準備をする必要には迫られていた。
そしてその夜、彼は住んでいる場所から見て北東にあるの世界でも有数の大きな街に足を運ぶことになった。
この街に行くのは5回目か6回目か。
いつも心が踊ることは間違いないがいつもとは目的も期間も全く異なるのが今回の旅だ。
最終的なゴールやノルマは設けなかった。
行くこと自体が一つのチャレンジであったし、世の街自体が好きなこともあって行くだけで何か得するような気分になっていた。
その上で何か得られるものがあればこの上なく幸せだと空想していた。
いつも通りなのはバスでその街まで行くこと。
少しでもお金を節約したかったし、今回は深夜にその場所へ向かうとの理由からもバスしか選択肢がなかった。
いつもは朝か昼しか乗ったことがないし、それですらうまく行くかわからなかった。
学校が始まって一ヶ月と少ししか過ぎていない頃。
22時過ぎに寮を出る。
寮から駅まで歩いては20分。
電車は日頃から正確ではないし、時間も遅くなってくるとさらに安定していない。
バスの出発までたっぷりと余裕を持って出発する。
パソコン以外には重い荷物はなかったので良かったが、スーツを着ていたこともあり緊張していた。
駅までの道のりはほとんど真っ暗で昼はあらゆる生命に満ち溢れている通りも怖すぎて足早に通り過ぎる。
電車は予定していたより早く来て、バスが出発する場所には余裕を持って到着することができた。
中華街の門を見ながら何十分かバスを待っていたのが印象的で、何年か経った今でも忘れられない。
世界有数の街へ向けバスは進んでいく。
乗客はバスの座席の半分にも満たないほどでほとんどは労働者。
完全にマイノリティと呼ばれる人たちに混じって深夜のバスで街に向かう。
いつの間にか眠りについていた。
滞在時間は20時間程。
本当に様々な国から訪れた人々と企業が集まっていて、少ない数ではあるが面接を行った。
雨が降っていたが午後には上がって気温も少し上がっていた。
レンガでできた非常に大きな会場を後にして少しだけ街を見て回る。
有名なデパートの店内を歩き回り、有名な木のエスカレーターに乗る。
昼食を食べる暇もない1日で、スーツを着た彼は一日中緊張し続けていた。
帰りのバスは来た時ほど遅くなかった。
こんな木のバスも珍しく人がほとんど乗っていなかった。
一番後ろの連なった席に陣取り、リュックサックをまくら代わりに眠りにつく。
いつの間にか眠りについていたわけだが、緊張していたので全く覚えていないくらいだった。
バスが到着する。
他の乗客は全ていなくなっていて自分だけど取り残されていた。
スーツもワイシャツもしわくちゃになりバックも座席の下に落ちたまんま。
緊張から解放されたのか信じられないような体制で寝続けてしていたらしい。
呆れたような運転手の声に起こされた。
彼は全く怒っていなかったしこんなのはまるで毎日起こるようなことでも言いたいような表情だった。
記憶がさだけではないが、終電間際の電車に何とかして乗って帰ったのだろう。
しかし本当に最後の最後だったようで最寄駅に戻った時には街の明かりは本当に一つもないほどの暗さだった。
来た時よりも時間は遅いし寒いし、暗い。
明日からはまた授業が始まり日常へと戻っていく。
そのためにはまず家まで歩いて帰らないといけない。
革靴で、スーツを着て、少し重たいリュックショックを背負って深夜の街中を歩いていく。
どう見てもおかしいことで、このような人がこのような時間いいたら怖くて仕方ないのだが彼のことを目にするような人は街には誰もいなかった。
時間が遅すぎて通りを歩いている人もいるも見るリスも、花の色も何もかもが存在しないようにひっそりと静まり帰っていた。
そして彼はこれまでに感じたことのない恐怖に襲われた。
先ほどの緊張とは異なり、今度はしっかり生きて家まで帰ろうという思いから生まれたものだ。
15分もかからないで寮に戻る。
怖さから早歩きになってしまったのだろう。
企業のプレジデントと話す時よりも、終電に乗って駅から歩いて帰る時が最も緊張していて怖かった。
田舎町の夜は怖いものだとその時思った。
誰かしら人がいてくれればいい気もするが、危険な人が集まっていなかっただけマシと言えたのかもしれない。
これが、ジョブハンティングの記憶だ。
深夜にスーツで街を歩き回り、しっかりとバスや電車を逃さないこと。
終始緊張しすぎて生きて帰ってくることのほうが重要な目標だったということ。
いつもに増して緊張の多すぎる時間だった。