21歳の冬、Münchenを訪れていた。
バックパッカーと、スーツケースを持つ旅行者が半々の割合で滞在するような宿に泊まっていた。
その歳の冬はとても暖かいもので、雪が積もることもなくスーツケースを引いて何キロも歩いていくことができた。
その宿は小綺麗でしっかりしていたがなんとも評価しづらい場所だった。
ドイツにある他の宿泊施設のように値段は決して高くない。
むしろ他の国に比べると信じられないほど安かった。
一泊千五百円もしなかったような記憶もある。
入り口がとても暗かった。
受付の机も黒かったし、隣にあるバーの落ち着かない雰囲気もここが飲食店なのか宿泊施設かを判断させづらかった。
同じ部屋に泊まっていたのはドイツの国内旅行者。
あらゆる国を訪れていて時々ハッとするけど、自分のような海外からの観光客だけではなく、もちろん国内旅行者も存在するのだ。
彼らは、繰り返し気楽に好きな場所を訪れているのかもしれないように自分のようにもう訪れることはないと思いながら全ての瞬間に興奮していたのかもしれない。
その、同室の宿泊者は皆男性で、年齢は驚くことに30を超えているようだった。
他の部屋に仲間がいるのかわらないが、その集団は5人以上10人未満というような形だった。
深い会話をしていないので正確ではないが、ドイツ人であることと、誰がどうに見ても20代ではないということがわかった。
ベッドの下にはあらゆる種類のアルコールが並べてあった。
匂いはさほど気にならなかったが、非常に面白い集団で、自分たちの車からしきりに何ダースもあるお酒を部屋に運び込んでいた。
日本だったら、同じような施設に同じような年齢の人々が滞在し同じようなことをするとは決して思えない。
まず、そのような施設もないし、そんなアイデアを持つ集団も想像できない。
その集団の非常に面白かったことは、日付が変わるよりもっと前の時間にベッドに入ったこと。
そして朝と言えるかわからないに3時か4時に、皆で部屋を出て行ったということ。
出て行く時もそれほど周りに迷惑をかけず、大人たちが家出をする子供が気づかれないように気をつけるような雰囲気で仲間を叱りながら出て行った。
面白い国に来たとその時は思った。
そのあと、珍しくバーに行く。
何も飲まず、何も食べずに日記を書きに来た。
それほど広くはないパブリックスペースなので、その場にいる誰もが誰もの目に入る。
自分は物を書くことに集中していたが、話しかけられることは避けられなかった。
仕方なくといった雰囲気で話し始めるものの、結局一時間はその場所から離れなかったと思う。
彼ら、彼女らはイタリア北部から来た若者の集まりだった。
若者と言えるかはわからないが自分ではそのように感じた。
25、6歳の男女の集まり。6人ほどだったかもしれない。
決して派手ではないし周りに迷惑もかけないような盛り上がりだった。
日本から来た自分を会話に入れて時間を潰して面白がっていた。
美容やパソコンの専門学校に通っていたり卒業していた彼ら。
おそらくミラノの近くに住んでいた。
南部イタリアはもはや違う国だ、信じられない場所だから行かないほうが良いと笑いながら繰り返し忠告してくれた。
今何をしているのかと聞いたら楽しんでいると答えた。
つまりは旅行であると。
仕事はどうなのか、休暇はどのくらいあるかと聞いても結局皆働いていないということがわかってきた。
そしてその時聞いて驚いた言葉が、今は景気が悪いからしょうがない。一、二年いや、二、三年したら景気も良くなるはずだがその頃には戻って仕事を探すよというもの。
冗談なのか、本当なのか、と質問してしまうこと自体失礼かと思って遠まわしに聞いてみたら本気でそう考えているらしく、そもそもこんな考えは当たり前だと言われた。
しかしながら、いつまでも遊んでいるということもはっきり述べていなかったが。
その時はあらゆることが自分にとって驚きだった。
そんな発想がなかったしそのような環境で生きたことがなかった。
テレビで欧州の若者の失業率のニュースを聞いて、情報を得て少しは知ったつもりになっていたが、実際目の前にいる人々と話をしてこういう世界が実際にあるのかとやっと、初めて実感した。
It's not our fault, they said.
振り返ってみるとその時の自分は若かったと思うという文章を書く人もいるが、それは当たり前のこと。
けどやはり、若かったのだと思う。
つまりあらゆることをまだ知らなかったし、その先を想像できていなかったということを言いたいのだろう。
自分が歳をとって彼ら彼女らの年齢に近づいていくにつれ、それらのことは何も不思議ではないなと今になってわかった。
一泊千円ほどのその宿は、彼らにとっては十分安かったし、一二年を消費するのにはあまりにも暇すぎる一日だったのかもしれない。
その一部になれたのかはわからないが、彼らは好きなことを話したいだけ話して非常に楽しそうだった。