今年の春、私はまさに桜が咲き誇る最も美しい時期だけを逃した。
これから咲き、春らしさが訪れるという最高のタイミングを、当たり前かのように逃してしまった。
桜は日本固有の、日本を象徴する花だと思っている人は多い。
しかしながら、世界中のいたるところで桜を見ることは難しくない。
例えばワシントンDC。
アメリカで桜が見られることと自体に驚く人もいるし、その話をしても全く信じない人が多い。
ちょうど2年前、私はその場所で桜を眺めていた。
毎回思い出すのは、気だるいある一日のことだ。
風がほとんど吹かず、太陽はどこまでもまどろんでいる。
サンタモニカのオレンジの夕日を見ているような気分だった。
どこまでも太陽の暑さに包まれていて、まるでドームの中に街がすっぽり隠れてしまっているようだった。
三月か四月だったかは思い出せない。
しかしその日の気温は昼を過ぎるとすぐに30度を超えた。
季節外れの一日で、人々は冷たい飲み物を求めてさまよっていた。
ワシントンDCの桜は、信じられないくらい美しい。
全米から人が集まると言っても全く過言ではない。
セントラルパークにポツポツ咲いている桜とは一味もふた味も違う。
タイダルベイスン沿いにこれほどかというほどの桜が並ぶ。
青空でも、白く曇った空でも、夕日に染まる頃もその美しさは色褪せない。
そしてそこを包んでいる暖かくて気だるい空気。
人々の顔は優しさと会いに溢れている。
暗いことを考えることなんて、その場に立てば不可能だし馬鹿らしいことにさえ思えてくるだろう。
千鳥ヶ淵の桜もまた美しいが、ワシントンDCも負けてはいない。
あの春、私は何度あの桜のトンネルをくぐったのだろうか。
春が過ぎても緑が生い茂って綺麗なのだが、あの桜の季節を超えることはない。
何かあの日に、自分の中の大切なものをおいてきてしまったような気もする。
ちょうど2年前。
音楽を聞かなくても、目で見て肌で風を感じてほのかな香りに満足できていた。
あの感覚は、何事にも代えがたい。
今年は、桜の時期をすっぽり通り越してしまった。
そして、また1年待つことになる。