Carpe Diem

Think good thought.

裏側を見ること

 

 何が表で何が裏かを規定するのは簡単じゃない。簡単かもしれないがそれを人に向かって説明すると少し厄介になる。皆それぞれ感覚が異なるから。そんな当たり前の理由で。そして、基本的に人はある程度階段を上っていくように段階を踏んでいくと思う。一度上に行ってしまった人、登ってしまった人は視点や視線が変わってしまう。過去のことを思い出して共感することはできるが、基本的にはもうそこには戻らない。新しい考え方を手に入れてしまったりするのでその新しい思考に大部分を占領される。もう、前と同じような景色を同じ場所に立ったとしても見る音はできない。裏側をどう定義するか。普通の人、一般の人、多数の人がそれほど注目しない場所。通過することで多くのことを知ったり学んだり感じたりできるが、そこをすべての人が通過しなければいけないわけではない。どちらかというとそこを通った人はそうせざるを得なかった人が多いしそれが当たり前だったという人が多い。とにかく、表と裏という名前はそれほど重要ではないかもしれない。けどやっぱり、そこを通過してしまったらもう元に戻れない場所。そしてそこはできれば人が避けたいと思っていたり余程のことがなければ興味関心を持たないような場所。それを裏側と呼ぼう。そしてその場所についてのいくつかのストーリーとそこから学んだ数少ないことを今から書いてみよう。

 骨折すること。これまで一度の病気や怪我をしたことがなかった人が足を骨折する。病院に行って足を固定される。全治一ヶ月。その間車いすで生活することになる。だんだん良くなってきたので車椅子は卒業し松葉杖での生活に。それまで特に知らなかったことにたくさん気がつく。車椅子だって自分で操作するのは楽ではない。普通に、これまで歩いていた時は小さな段差なんて全く気にならなかった。誰かを手伝ってみようと思ったことなどなかった。(実際に助けるべきかそうでないかは文化や個人によって変わるし相当難しいことではあるのだが。けど、助けようとすることでまず感覚は変わっていると言えるし判断はそこからでも十分だ。)松葉杖での生活もそう。エレベーターを使いたいのに並んでいる人が多すぎて簡単には乗れない。順番を持ってまで譲ってくれる人もいればぶつかってきてまで乗ろうとする人もいる。それに驚いたり感謝したりと気が収まらない1日。そんなことにも徐々に慣れていくのだが。そして、雨の日がこんなに大変だったのかと知る。足が濡れないようにしなければならない。通勤や通学のバスですら面倒だし少し高いと思っていたけど今ではタクシーに乗らなければいけない。しかもタクシーに乗ったからといってこれまで健康だった時より早くなるわけでもなんでもない。その人が完全に復帰して日常生活に戻った時はもう以前の感覚ではいられないだろう。車椅子に乗っている人を見たとき、松葉杖で歩く人を見た時の彼の振る舞いは変わらないかもしれないが、感覚は少しぐらい変化していることだろう。一周して、一度裏側を見ること表の世界は変化するし、変化せざるを得ない。

 映画と本の話。本を読んだことがほとんどなかった人が大人になって暇ができたのであらゆる本を読み始める。彼の読書のペースは1ページ1分ほど。一時間で60ページ読むことができる。文庫本だったら三時間強、四時間あれば一冊読み終えてしまう。あれはどんな本も読んだ。経済、政治、小説、ファンタジー、ノンフィクション。そのうちちょっとずつ新しいことを知っていく。自分が本を読むペースも速くなってくるし好き嫌いも早い段階でわかるようになってくる。彼は自分で本を書いてみようと思い調べ始める。ある作者はその本を書くにあたり10年をも費やした、と言っていた。しかもその作者が参考にした書籍の数は少なくとも1000。彼は驚いた。同時に彼の興味は本だけじゃなくて映画もたくさん見始めた。映画の原作の本を探したし、これまで好きになった文章が映像化されていないか探し始めた。本を書くことでさえ信じられないほどの時間がかかっている。それを初めて読むのに四時間はかかる。それを映像化するというのはどういうことなのか。本が出版されるまでには作家が書いたものを複数の人がなんども訂正したりすることで最初に書いた期間の2倍以上かかることが多い。それをもとに映画の監督たちが脚本を整えていく。俳優のオーディションをして世界中からこの映画を撮るのにふさわしい場所を探す。良く、制作費何百万円というものがある。何億円というものも少なくはない。あれは大げさだし宣伝の一部で一般人の興味を引くための言葉遊びのようなものだと彼は思っていた。映画だって本だって、短いものは二時間で終わってしまうしその見終わった瞬間にくだらないと判断されて終わりかもしれない。その背後に10年もの期間による制作とそれに対する果てしない情熱があるということは普段は考えられることはない。そんなことを徐々に知って、彼はただ単に驚いた。もちろん皆が映画や本を書いたりする必要はないけど、と彼は呟いた。けど彼はその後、限られた時間でも少しでも多くのメッセージを読み取り楽しもと思いながら本を読み映画を見ることになった。

 仕事の話。彼女はどこにでもいる学生だった。ひょんなことからあるレストランで働くようになった。ホール。料理を運ぶ。皿を下げる。席に人を案内して注文をとる。料理の名前を覚えてレジもできるようになった。それで十分だったしやりがいも感じていた。特別面白いわけでもなかった。店長はいつも店にいた。もういなくていいんじゃないかと思うくらい店にいた。またあるきっかけで彼女は店長の仕事ぶりを間近で見ることになる。まず知ったことは仕事ぶりもそうだがこなしている仕事の多さ。営業はほんの一部でしかないと思った。そんなこと考えたこともないし聞いたこともなかった。仕入れなんかは聞いたことがあったが。関係者、業者がどれだけいるのか。自分のアイデアをどんどん出していく店長。アルバイトや他の社員の時間や働きぶりをどのようにアレンジしていくのか。そもそも、お店にある一つ一つの食器やテーブルも誰かが揃えているからこそあるのだと彼女は知った。毎日フロアの掃除をする意味もよくわからないしそれほど汚れていないじゃないかと思っていた頃がなぜだか恥ずかしかったように思えてきた。なぜ他の人より早く店長は店に来ているのか。どんなことにも理由はあるものだと知った。そして今私にできることはないか。やるべきことはなんだろうかと初めて自分の頭で考え始めた。

 汚いことでも、汚くても良い。時間がかかることばかりでもない。決して悪いことでおないのだけどやる人が少なくて、それをやる人がいなければ社会や組織が回らないようなこと。そんなことはいっぱいあるし数少ない人達がそれをすることで多くの価値は生まれているしうまく回っているものは多い。誰もが皆それを知らなければいけないわけではないけどそれを知っている人は以前とは完全に異なる何かを持っている。そして裏側は意外と近くにある。近すぎて築かないくらいに。家事だって誰かがやっているから家はきれいに保たれているわけだししっかり給料の計算や振り込みをする組織があるからお金をもらえたりするわけだ。そしてもちろん、裏側を知ってそそれを悪用しようという人も出てくるのだ。いずれにそよ、元どおりにはならない。